ダイビンバルサB3 Diving Balsa B-III / バグリー Bagley’s Bait Co.

 

実戦投入する機会はもうなくなったけれど、時々無性に投げたくなるルアーってありますよね。

それらはかつて数多のバスをキャッチした歴戦の勇士たちで、投げれば当時のおいしい思い出が反芻できる手軽なタイムマシンといったところでしょうか。

そんなインスタントノスタル爺メーカーのひとつがこのダイビングB-III、通称DB3。

おそらくのんだくれが生涯で最もバスを釣ったであろうクランクベイトです。

 




 

 

このルアーとの最初の出会いは84年ごろ、かつて名古屋市天白区にあったタックルボックスというショップでした。

80年代初めといえば琵琶湖が爆発的にバスを供給していた時期で、ちょうどアメリカからニーリングテクニックが入ってきたタイミング。

店主は何枚もの50upの写真をショーケースの上に並べながら、”このルアー、ヤバいよ”とDB3を見せてきたのです。

今思えばそれがDB3で釣られたものなのかどうかは怪しいのですがw、インターネットはもちろん、雑誌ですら生の情報が少なかった時代ゆえモンスタークラスをフンガー持ち(死語)している写真の破壊力は凄まじく、言われるままに買った覚えが😂

 

 

DB3はご覧の通りのビッグクランクベイトです。

今でこそサイズへの抵抗感はありませんが、当時はボディ長75ミリ、3/4オンスという体躯が放つインパクトは相当なものでした。

だってダイワのバスハンターが普通のルアーサイズだった時代ですからw

 

 

DB3の正式名称はダイビングバルサB3。

B1、B2、B3、B4の四兄弟からなるバルサBシリーズの次男坊で、元々あったシャローモデルのダイビングバージョンとして1960年代に誕生しました。

その後スモーラーサイズのビティBにはじまり、マグナム、ドレッジ、フラット、リップル、ウェイクなど数多くの派生モデルがリリースされますが、それらのサイズ基準となったのがバルサBシリーズなのです。

ラッキークラフトでいうところの1.5とか2.0のサイズ基準がバグリーにもあったのです。

 

 

このクランクを最初に巻いた時の第一印象は、重っ!でしたw

そりゃそうですよね、激重な巻き抵抗で知られるDD22ですらこの頃はまだデビューしてなかったんですから(ちなみにDD22のデビューは1986年)

 

 

当時巻き抵抗の大きなクランクといえば、マンズのザ・ディープホグ(15ftダイバー)ぐらいしかなく、このDB3はそれと同等かそれ以上に感じられたものです。

しかしDB3を投げ初めてすぐにその重さは気にならなくなります。

 

 

なぜならバスが釣れちゃったから。しかも何本も。

投げれば釣れるという当時の琵琶湖の状況もありましたが、このサイズのクランクで立て続けに釣れてくれるとやはりテンションも上がります。

かくしてこのDB3はリトリーブ抵抗の大きさをものともせず、のんだくれのコンフィデンスベイトトップ5に常にランクインするルアーとなったのです。

 

 

このルアーが釣れる秘密は、その外見に似合わない超タイトバイブレーション。

アメリカ製のバルサクランクと聞くとグワングワンと派手なアクションで水を掻き回すイメージですが、このDB3は意に反して振り幅の狭いピリピリエスケープアクションが特徴です。

リトリーブ開始直後はゆったりとしたローリングアクションなのですが、スピードが増すに釣れウォブリングの度合いが強くなり、巻き抵抗がピークに達した頃になるとベイトフィッシュがパニックに陥った時のエスケープアクションが完成します。

当時日本で出回っていたダイビングクランクベイトといえば先述のマンズやビッグオーなど、マディウォーターが多い米国南部の出身で強めのウォブリングでバスの側線を直撃するタイプのものがほとんどだったので、タイトかつハイピッチで泳ぐこのDB3はバスから見ても目新しく映ったんでしょうね。

バルサ素材ならではの強い浮力と小さな慣性モーメントが生み出すその泳ぎは、のんだくれのような素人ですら明確に違いがわかるほどの代物でした。

そしてボートからはもちろんオカッパリでも、河口のサンドバーや岩礁帯、水路などありとあらゆる場所で良い反応が得られたのです。

 

 

しかしDB3はバルサ製であるがゆえに、使えば使うほどボディにダメージが蓄積していくという欠点も持ち合わせていました。

一日投げるだけでボディはデント(凹み)やクラック(ひび割れ)でボロボロに😭

特にのんだくれはスタック必至な岩礁帯でのハードクランキングや、当時は釣りが許されていた漁港の護岸にボディを擦り付けるようなクランキングがオキニだったこともあって人一倍消耗も早く、1回の釣行につき2〜3個ペースでDB3を殉職させていた時期もありました。

しかしタフなスポットを果敢に攻めれば攻めるほどルアーの命に見合うサイズのバスをもたらしてくれたので、その都度タックルボックスへと走り、DB3を補充する羽目に。

やはり釣れるルアーは正義ですよね。

もうこうなっちゃうとドラッグの売人の元へ走るジャンキーと変わりません😂😂😂

 

 

しかしそんなラフな使い方以外に、ルアーとしての先天的疾患を持っていたことも殉職を早める理由のひとつでした。

その疾患とはフロントフックハンガーと一体化したベリーウェイト周辺の塗装割れ。

 

ハンドメイドパーツとして販売されているベリーウェイト。近年のものは熱による収縮率が小さい素材が使われている。

 

かつてのバグリークランクにはこのようなウェイトが内蔵されていたのですが、気温の変化による鉛の収縮に塗装が対応しきれず、使っているうちにウェイトの形そのままにクラックが入り、そこから浸水してしまうのです。

バルサルアーが浸水するとどうなるかはもうお分かりですよね。

持ち味であるキビキビとしたアクションはなくなり、まるで泥の衣をまとったかのようなもっさりとしたアクションになってしまうのです。

実はこの浸水によるアクションのもっさり化はアングラーの気づかないところで進行しているケースが多く、最初は良く釣れたのにバスの反応が段々鈍くなってきてそこで初めて気づいたなんてことも。

コンプレインがあったのかバグリー自身もこの問題に気付いていたらしく、塗装方法の変更、もしくはウェイトを変えたことで80年代後半からはこのような事象はなくなりました。

 

 

儚さといえばバグリーのリップもあまり強いものではありませんでした。

通常のクランキングではほぼ問題ありませんが、先述の通りのんだくれはタフなスポットにあえてガシガシ当てに行くので、ボディよりも先にリップが逝ってしまうことも😭

これだけの厚みを持ったレキサン樹脂であればそうそう割れたりはしないのですが、画像のようにクラックが入ったら簡単にポリッと逝ってしまうので、ボディのクラックと同様にチェックは欠かせません。

でもニンゲンって不思議なもので、完璧なものよりもこういうネガティブな部分がある方が溺愛対象となり易いんですよね。

ちょっと性格上問題があるヤツが何故かすげーモテるのと同じように、めちゃくちゃ釣れるんだけどすぐ使えなくなっちゃう儚さに惹かれるというか。

こういうのを表す行動心理学上の名前があったはずですが忘れちゃいました。 なんて言うんでしたっけ?w

 

 

フックは前後とも#2サイズが標準になっています。

画像のものはショートシャンクフックに交換していますが、オリジナルはレギュラーシャンクのイーグルクローが装備されていました。

DB3はキレイな45度の前傾姿勢で泳ぐのでショートシャンクでなくとも根掛かりの心配はありませんが、このルアーはどういうわけかファイト中に空いているフックが他の部位に刺さることが多く、フックを外すのに苦労するのでバーブレスのショートシャンクに交換しています。

そしてこの時期のリアフックハンガーはヒートンになっていますが、90年代以降はスルーワイヤーになったりブラスになったりとリグも変遷を重ねます。

バグリーに限らずこういったリグの変遷はコレクターにとって格好の萌え要素ですが、ビジネス視点で検証してみると、単なる合理化とは違うコスト圧縮策だったり生産工場の移転などによりスキルのないスタッフでも作れるよう簡易化されていたりとメーカーの苦労が透けて見えることも。

かつてバグリーの社長を務めたことがあるマイクとSNSで繋がって何度かやりとりしていますが、”バグリーはフロリダ州ウィンターヘブンに工場があった頃が人材、製品クオリティ、材料供給、製品流通の面で最強だった。ただひとつ財政面を除いては。”という彼の言葉にも重みを感じますね。

 

 

カラーはバグリー史上… いや、バスルアー史上最高にして最強のカラー、テネシーシャッド。

バングオーのポストでも書きましたが、このテネシーシャッドほど理に適ったカラーリングは類を見ません。

 

バングオールアー#5 Bang-O-Lure #5 / バグリーズベイトカンパニー Bagley’s Bait Co.

 

あえて対抗馬を挙げるとしたら日本が誇るアユカラーでしょうか。

アユが日本の固有種であることはみなさんご存知の通りですが、ルアーカラーにおけるアユはもう米国在来種と言ってもいいほど米国(特に西海岸)で浸透しています。

クリアな水質と相性がいいのと、西海岸の一部のリザーバーでは試験的にアユやオイカワなど日本のベイトフィッシュを放流しているのでその影響もあるんでしょうね。

いつだったかレイクオロヴィル(何年か前に放水路が崩壊して話題になったダム湖)のマリーナで会ったローカルアングラーが、のんだくれが日本から来たことを知ると自慢げにボックスを開いてアユカラーコレクションを見せてくれたことがあります。

日本では見慣れたカラーだけに、What do ya think? (どうだ?)とドヤ顔されても、Great(いいんじゃない?)としか答えられませんでしたが😂

 

 

そして80年代バグリーのお楽しみといえばネームプリントですね。 (え?のんだくれだけ?😅)

この時期のお約束、””(ダブルクオーテーションマーク)で囲われたネームを見るとニヤニヤしてしまいます。

リップに刻まれたロゴもかっちょいーですよね。

90年代に入るとバグリーはロゴのデザインを変え、ネームプリントもなくしてしまったので残念な限りです。

この旧ロゴに対する思いは米国バグリーコレクターも同じで、ロゴの変遷について語り出すとエンドレスになるので注意が必要です。

 

 

ダイビンBシリーズは旧バグリーのフラッグシップモデルだったこともあり、新生バグリーとなってからもキラーBシリーズと共に現役で生産されています。

そして新生ダイビンBはオリジナルの良さを踏襲しつつもアクションの安定性や精度、そして強度も格段に向上しており、より”プロ仕様”に。

でものんだくれのようなノスタル爺がタイムスリップできるのは、やっぱりこの ”やや難あり” なモデルなんですよね。

老兵は死なず。

そんな言葉が似合うルアーですよね、DB3は。

 




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