Basser2026年5月号の告知ポストで、発売前にもかかわらずDMなど多くの反響を頂きました。
まもなく発売のBasser。ゆっくり話を聞かせてもらいたいとずっと思っていた方にインタビューの機会をいただきました。たぶん一生忘れないであろう、素晴らしい一節が聞けました。最新号に掲載していますのでぜひ! pic.twitter.com/4YHiX7igTt
— 佐々木徹Basser編集長 (@matatabitoru) March 23, 2026
あらためてその影響力の大きさに驚きましたが、いくつか気になった指摘と解釈があったので少しだけ補足したいなと。
それがこの一文。

いつも思っている事なので寸分たりとも間違ってはいないのですが、実はこの思いにはそれなりの考えがあります。
ここでいう「釣れるルアー」とは「人気のルアー」の事。
昨今はSNSの普及により人気のルアーほどネットでの露出度が上がり、それによって分母が増えた分釣果も上がるという図式が確立されています。
それ自体は時代にマッチした拡散形態なので悪いことではありませんが、受け止める側の考え方によって非常にもったいない状況が生まれてしまっているのです。
つまりこういう事です。
人気のルアーはイイね!や再生回数が見込めるので、インスタやYouTubeなどSNSでテーマとして取り上げられることが多い傾向にあります。
しかしそれらのほとんどが似たような内容ばかり。
タックルセッティングにはじまり、使い所から動かし方まで解説手法の違いこそあれど、内容は殆ど変わりません。
これによって何が起こるか。
どの動画でも同じ様な使い方しか指南されていないので、良くも悪くもそれが「ルアーの教科書」になってしまい、それ以外の可能性が見えにくくなっているのです。
ここで問題なのは、ルアー自体は優れているのでその教科書通りの方法でそれなりに釣れてしまうこと。
人間は単純なイキモノなので小さな成功を見るとそれが真理だと思ってエネルギーをそっちに全投入してしまいます。
占い師に小さな事を言い当てられた事により、その後の話を全部信用してしまうアレと同じカルトな図式が、哀しくも自身の釣りで展開されてしまうのです。
こうなってしまうともう教科書の奴隷です。
いや、人によっては教科書から聖書に格上げしているかもしれません。
こういう事を聞いて「んな大袈裟なw」という人もいるでしょう。
しかし現実に「動画ではこう動かせと言ってた」「そんな事動画では言ってなかった」と真顔で口にするアングラーは存在します。
動画という “教科書” に忠実になりすぎてしまい、自分なりの解釈が出来なくなってしまったアングラーは非常に多いのです。
つまり思考停止というやつです。
そんな思考状態なので、他のルアーも教科書通りに使うようになり、それでもし釣れないなんて事になったら「あのルアーはゴミ」という極端な結論になりかねないのです。
これではせっかくのルアーも浮かばれません。
言うまでもなく、ルアーはどこまで行っても「素材」でしかありません。
フィールドの状況はもちろん、タックルによって使い分けるべきだし、そもそもアングラーのスタイルによって全くの別物になる可能性を秘めているもの。
料理で言うところの肉や野菜と何ら変わらないので、シェフであるアングラー自身が味付けしないことには永遠に無味乾燥のまま。
にも関わらず、教科書の “偏った教え” により、画一的な使い方しかされていないのが人気のルアー、つまり「釣れるルアー」なのです。
「いやいや、オレの釣りは動画に引っ張られるほど浅くない」という人もいるでしょう。
でも実際には、動画の「キャッチした時のビジュアル」が無意識のうちに海馬に刻まれており、同じ様なパターンで釣りをしているというケースが多いのです。
その結果、サカナがそのルアーを学習してしまうと「昔はよく釣れたんだけどなー、今はもうダメだね」で終わるいつものパターンに陥ってしまうのです。
かつてネットが無かった時代のルアーフィッシングは「模索」と「妄想」が原材料でした。
“教科書” がどこにも存在しないので、使い方はルアーの形状や経験から想像し、自分なりのスタイルを見つけるのがスタンダードでした。
そんな中からメーカーの意図したものとは全く違う効果的な使い方が見出されるなど、昔のルアーフィッシングはもっとアグレッシブでクリエイティブなものだったのです。
フラッシュミノーのデッドスロー巻きや、グリグリメソッド、マドバグの水面ドッグウォークなど、この手の例を挙げたらキリがありません。

これらに共通するのは「経験から来る自信」です。
自分たちの経験則から生み出した使い方は実績も十分にあるので、多少ボウズを食らったところでそれが “釣れない” とは決してなりません。
釣れることは分かってるんだから、釣れないなら方法を考えよう、とポジティブな方向に向かいます。
米国ではこういうルアーの事を Confidence Bait (=信頼できるルアー)と言うのだが、プロアマ問わずこれが持てるかどうかで釣りの楽しさは大きく変わってくるのです。
世の中に釣れないルアーはひとつもないと思っています。
でも使い方が浸透していないという理由で釣れないルアーは山ほどある。
いや、もしかしたら市場に出回っているルアーの9割は本当の使い方が理解されていないかもしれません。
だったら、誰でも手軽に “教科書” が入手できていずれ見切られてしまう “釣れるルアー” よりも、指南書はどこにもないけれど、自身の経験則に合わせて良さを見出していく「釣れないルアー」と向き合った方が釣りとしてはずっと楽しいと思いません?
物事の解釈は人それぞれなのでこの考え方を強制するつもりは全く無いけれど、バスが釣れなくなり、バス釣り自体も衰退してしまった今、アングラーが何らかの思考転換をしなければならないのは逃れようのない事実です。
今まで通り情報に揉まれて「釣れるルアー」を追っかけるのか、それとも揺るぎない自信で固められた自分だけのコンフィデンスベイトと共に余裕でフィールドを駆けるのか、アングラーAnglerという単語が何を意味しているのかを考えたら、既に答えは出ているのではないかと。

