人生で初めてクレジットカードを使ったのは1986年のバスプロショップス本店。
上限10万円の学生カードだった。
当時はまだオンラインではない “紙伝票ガッチャンコ” の時代で、利用上限額に達しても伝票処理の関係上すぐに止められる事はなかった。
それを知っていた訳では無いがいつのまにか上限をオーバーしてしまい、結果的にバスプロショップスだけで上限額をはるかに超える40万円超に。
そりゃそうですよね、日本で買えば1,000円以上するルアーが州税を入れても500円程度で買えるんだから。
それに追い打ちをかけたのが、ハンパない品揃え。
カタログに掲載されているモデルはもちろん、それ以外のカラーや掲載されてないアイテムがカタログよりも安く出ていて、バーゲンビン(Bargain Bin 日本で言うセールワゴン)にも嘘だろ!?というモノが大量に出てるんですから買わないという選択は無いのです。
挙句の果てにレジのオバちゃんに大量にルアーを買う東洋人として顔を覚えられる始末。
「こんなにもルアーをどうするの?」と聞かれるも自分用だと答えるのに気が引けてしまい、「友達へのプレゼント」と答えたら「私もそんなプレゼントをくれる友達が欲しいわ」という典型的なアメリカンジョークを返されたのを今でも覚えている。
そんなわけで大量の荷物とともにニヤニヤが止まらないまま帰国したのですが、案の定、限度額オーバーが大問題となりカード会社の人が家までカードを回収しに来る事態に。
オンラインで即停止させられる今と違って当時は何もかもアナログな対応だったのです。
しかし当時は授業にも出ずにバイトしまくってたのでそれなりにお金を持っており、引き落としは全く問題なし。
そして支払いも履行できたので、カードの再発行もすんなり出来たというなんともユルい時代でした。
ただ、一度ルアー大量買いの快楽を知ってしまったカラダを鎮められるはずもなく、バスプロショップス参りが恒例行事になってしまったのは予想外でした。
その後、バスプロショップス通いは機内持ち込み制限がユルユルだったイースタン航空が倒産するまで続くことに。
なんてったってこの会社、ロッドをぎっしり詰めたバズーカを機内に持ち込んでもCA(当時はスチュワーデスだったけど)が、通路に寝かせとけばいいわの一言で済むようなアバウトさだったのです。
色んな意味でシアワセな時代でしたねw
ちなみに今でこそ全米展開しているバスプロショップスですが、当時はカンザス州スプリングフィールドにしか店舗はありませんでした。
そして日本からスプリングフィールドに行くにはどう乗り継いでも途中で二泊する必要があり、最後は15人乗りぐらいのプロペラ機。
しかもこの一帯は竜巻街道と呼ばれており、季節によってはトルネードの影響で欠航が相次ぐというフライト利用者にとってはなかなかの難所でした。
実際フライトキャンセルで追加泊を余儀なくされたことも。
そう考えると釣具は激安だったけど、足と枕を考えたら高い買い物でしたね😂