
特に首振りするわけでも派手に飛沫を撒き散らすわけでもない。
むしろロールし過ぎのヘソ天でフッキングミスすら引き起こす超絶不器用ルアーのダルトンスペルシャルだが、これで釣れた時の達成感はしびれフグ級。
しかし難解であるがゆえ、糸口が見つかった時は蜘蛛の糸のカンダタのように独占したくなるという不思議なルアーでもある。
だが往々にしてこの手のルアーは消えゆく運命にある。
奥は深いがあまりにも間口が狭すぎて一般ウケしないのだ。
「誰もが使えて誰でも釣れる」という今のトレンドとは完全に逆行している。
良いか悪いかは別として、この風潮はタナゴ釣りやアユの友釣りなど日本伝統の釣りにも大きく影響している。
ハマれば凄いが、そもそもハマるまでの道のりが大変なのだ。
ゆえに今の釣り業界はいかに間口を広げるかに注力されていて、その後をあまり考えていないので深みを感じることが出来ず、釣れないとすぐに離脱してしまうという事象が起きている。
実は音楽の世界でも同じことが起きていて、イントロ無しでいきなりキャッチーなサビに入るインパクト勝負に終始しているので、昔のようにイントロから情景を想像しながらじわじわと盛り上がっていくという過程がない。
一旦は盛り上がるものの、それにはエモーションが伴わないので、何度か聞くとすぐに飽きてしまう。
つまり当面の間ウケてくれさえすれば、永く耳に残ってくれなくてもイイよねというワケ。
そう考えるとダルトンスペシャルのようなルアーは津軽海峡冬景色級の底しれぬパワーを持った昭和歌謡なのかもしれない。


